ポール・セザンヌ
1867年頃 油彩・カンヴァス リバプール国立美術館蔵 © Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery

 本作における最大の意外性は、描き手がセザンヌという点ではないだろうか。絵画からあらゆる意味や情感を取り払い、色、構図、タッチといった絵の要素自体を主題にしたセザンヌは、いわばメロディを排除した現代音楽のような絵画を樹立した画家である。それがここではどうだ。凄まじいメロディが溢れ流れ、見る者の感情を揺さぶる。闇に沈む岸辺。打ち寄せる仄白い波。生々しい殺人現場。豊かな金髪の女性が身動きを封じられ、今まさに生命を断たれようとしている。ナイフを振り上げる男、逞しい両腕に全体重をかけて抑えつける共犯者。三人はどんな関係か。いったいなぜこのような場所で、このような状況に立ち至ったのか。謎を解く鍵はどこにも見当たらない。強い殺意だけが明瞭に伝わってくる。男の上着だ。その裾が翻るのは風のせいではなく、殺意の強さがそうさせる。セザンヌは20代後半から30代前半にかけて、こうした暴力的でエロティックな作品をかなりの点数描いていた。多くは後年になって自ら廃棄し、またセザンヌのイメージと合致しないからと意識的に触れずにきた美術評論家たちのせいで、これら作品群は一般にはあまり知られていない。だが凶暴さ剝き出しの本作は、むしろセザンヌの新たな魅力を教えてくれる。