ヘンリー・フューズリ
1800-10年頃 油彩・カンヴァス ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター
© Frances Lehman Loeb Art Center, Vassar College, Poughkeepsie, New York, Purchase, 1966.1

 眠りはある意味、こま切れの死だ。夜がその黒々とした翼を拡げるたび、幾度も幾度も自我を完全喪失させねばならない。そして疑い続けねばならない―眠っている間、何か怖ろしいことが我が身の上で営まれているのではないか、と。眠りのそんな恐怖の一面を、妖しくエロティックに表現して強烈なインパクトを与えるのが、フューズリの《夢魔》である。仰向けに眠る女性の腹の上にいるのは、夢の中でレイプする男の怪物インクブス(上に乗る、の意)。ちなみに男性の夢にあらわれるのは、スクブス(下になる、の意)。どちらも淫靡な夢をみせ、快楽を与えるとされる。ならばもっと人間に近い美形の夢魔として描いてもよさそうなのに、画家はそうしなかった。彼女が夢で感じている恍惚を裏切る、異界の醜い魔物がそこにいる。